今日は同窓会でした

院長です。

ちょっと前の話になるのですが、

お盆前に、実家に寄って、親と会ってきました。

いつもなら話に出てこないような昔話 〜終戦の頃の話〜 を親がうるうるしながら語り始めたので、(私もうるうるし始めたので)「もういいよ!別にそんな話しなくても!」と言い残して、帰ってきました。

けど、どうしても気になったので、そのことをネットで調べてみました。

親が言うには、

「樺太に住んでいたが、日本が降伏してから数日後、ソ連兵が街に襲撃に来るぞという知らせがまわってきて、ある夜、食べかけの夕食をそのままにして、姉におんぶられて一家で逃げた。引揚船として3艘の船が出て、前の舟とあとの舟が攻撃にあって、沈没して、私達は真ん中の舟に乗っていたから助かった。多くの人が亡くなった。」

というもの。

ネットで調べると、ほんとうだ!

三船殉難事件というものでした。背筋が凍りました。

三船殉難事件(Wikipedia)

樺太では、8月15日以降もソ連兵が侵攻し、戦争は続いていました。うちの親の話はその時の話です。うちの親は第二号新興丸に乗っていて、大砲を積んでいたから応戦できたので、沈没せずにすんだようです。

72年前の8月22日未明に起きた沈没事件なので、ちょうど、今日8月20日頃に樺太の真岡を出港したので、当時のことを想像すると、いたたまれない気持ちになります。人生には運命の分かれ目があるものだなと思います。と、同時に、フランクルの名言も思い出しました。

ネットには、いろいろな手記があります。

戦後、大変な思いで、樺太から引き揚げてきたということ、その後の抑留のことなど、北海道に住む者として、知っておくべきことがたくさんあります。

さて、前置きが長くなってしまいました 😳 が、今日は、高校の同窓会でした。

私は、卒業して、20数年経つわけですが、はじめて出席してきました。

ところが、先輩後輩が約700名参加している中で、私と同じ卒業期の人は、私以外、一人もおらず、たいへん残念な思いでした。それでも、はじめてお会いした先輩方とお話できて、有意義な時間を過ごせました^^

以前、絵本「生きる」の話をしましたが、そういえば、母校の校歌も作詞が谷川俊太郎だったことを、今日、今更ながら、思い出しました^^;

クリニックのそばに、同じ高校の先輩が、谷川俊太郎公認の「俊カフェ」をオープンしたということも知ったので、今度、ぜひ、遊びに行きたいと思っています。

 

今日は、前置きの話のほうが長くなって、すいません 🙂