先週、お茶の水にある日本精神神経学会の事務所で委員会があった。私は神田から散歩がてら早めに到着していたのだが、後からやってきた国立大学教授のA先生が席に着くなり、「先生、聞きたいことがあったんですよ!チョクセイってどうなんですか。何かいいことあるんですか?」と尋ねてきた。
「チョクセイ」……聞いたことがないな、と内心戸惑ったが、ふと「チョクビ」の類だろうと気づき、「直精」だとピンときた。「直美」とは、医師免許取得後に保険診療での研修を経ずに、直接、美容外科・美容皮膚科・美容形成外科へ就職する医師のことで、近年社会問題になっている。では「直精」とは……そんなことがあるのか、というのが率直な感想だった。
その場ではA先生に「あまり聞いたことはないですが、メリットはなさそうな気がします」と答えるにとどめたが、改めてじっくり考えてみた。
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まず直美について言えば、保険診療より自由診療の美容系はワークライフバランスが良く、医師側にメリットがあるからこそ、そちらを選ぶ医師が増えているのだろう。これは診療報酬の問題を含め、国が解決すべき課題だと思う。
一方、直精はどうか。結論から言えば、メリットは医師側にはなく、薬局側にあると思う。
メンタルクリニックの開業は、ほぼ100%の確率で薬局側からの誘致によるものだ。系列薬局を複数持つほど、薬の仕入れや人員配置に余裕が生まれ、経営が安定する。そのスケールメリットを活かすうえで、精神科は薬局にとってリスクの少ない診療科と言える。高額な医療機器が不要で、内装も特殊な仕様にする必要がなく、処置室すら持たないメンタルクリニックも珍しくない。
最近、薬局の誘致によって次々と新しいメンタルクリニックが開院しているが、そうしたクリニックで精神科の経験がない医師が診療している——これが「直精」という現象だと思う。
薬局側は、院外処方箋が多く発行されるほど収益が上がる仕組みだ。しかしクリニック側は、基本的に保険診療のため、収入を大きく伸ばすことができない。私が勝手に「120%ルール」と呼んでいるが、患者一人あたり一か月の診療報酬には都道府県ごとに平均値があり、その120%を超えると行政からの指導が入る。患者単価を上げることは実質不可能で、一人でも多く診ることで収益を確保するしかないが、それにも限界がある。
加えて、6月からは診療報酬が大幅に引き下げられる。採算が取れなくなれば、直精の医師は去り、薬局が別の医師を探して補充する——そういう構造になるだろう。
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余談だが、私は自分で物件を探してこのクリニックを開業したため、当初は患者さんに紹介できる薬局がなくて苦労した。私のケースは誘致開業ではないことを、念のため付け加えておく。
精神科医の専門性については、資格の話をすると煩雑になるので省くが、とにかく「縦と横」の幅が広い診療科だ。縦は幼児から高齢者まで、横は神経症から統合失調症まで(依存症・認知症・発達障害・知的障害も含む)、カバーする範囲が非常に広い。また、就学・就労支援・休職からの復職・介護保険・障害手帳・障害年金など、さまざまな社会制度を理解したうえでアドバイスできることも求められる。診断と治療だけが仕事ではなく、悩んでいる人の選択肢を広げ、代弁者となる「弁護士的な役割」も、他の診療科にはない精神科特有の専門性のひとつだと思う。
直精の医師にはおそらくそれが難しく、診断はほぼ「適応障害」、処方は「効果が控えめな薬」に偏りがちなのではないかと想像する。
患者さんはネットの口コミやホームページの印象で受診先を選ぶため、どこが直精クリニックなのかを見分けることはほぼ不可能だ。ただ、結果として患者さんが回復するのであれば、それ自体は問題ではない。
